心地よい暮らしを ラフでいこう!笑っていこう!

こどもの命を守る仕事に従事しています。日々のこと。感じたこと。

やつれた、歳をとったと言われてしまった三ヶ月

三ヶ月すれば慣れるよと

今の管理業務になって言われた言葉

 

確かに、慣れてきたというか諦めてきた

 

正社員に登用されたけれど

わたしはこのポジションには似合わない特性では?と何度も思う

 

人に期待はしないけれど

理想は高い

 

組織に向かない人間なので

自己完結する仕事を選んできた

 

ただ、今の役職を任されたことも

役目だと思って受け入れている

 

周りと比べると→客観的にみると

それぞれの持ち味があり

素晴らしい方ばかり

 

自分を卑下することはないが

無我夢中でやってきた三ヶ月

 

紆余曲折あり4.5月は

グループの方からコテンパンにやっつけられたが

今は支えられている感じがする

 

娘が退職する際部長から送る言葉を思い出す

たった二ヶ月しか傘下にいなかった部長からの言葉

 

あなたは、リーダーシップはあるし能力もある

一緒に働いている人は介護や理由がある人もいることを忘れないで働いてくださいと

 

さも最もらしい言葉だと思う

なぁなぁでやってきた組織にやる気のある若いキャリア女性が異動してきて

改革やマニュアル作り整備をしてきた

そこにいる方は、ずっと安定を求めて

サボることよくすることを望まない雇用形態

長く楽に働くことを目的に勤めている

そこには空間ができる

 

課長も変化や改善を求めない

やってきた娘に責任や役割を振り

自分の手柄にしてきた

 

半分最もらしく半分最悪

相手からの言葉は受け取らない

 

わたしも娘と同じ気質である

仲間がいるから、今わたしは立てている

 

割り切って働けたらどんなに楽か?

そう思うけれど

自分の居場所を確保すること

 

三ヶ月は様子を見るけど

それ以上は自分でコントロールする

 

7月からは、自分のペースでコントロールしよう

 

睡眠優先。にっこり優先。

 

 

 

新しい世界へ 緑多いところへ

娘が転職を決めました。

 

新卒から総合職で転勤を2回経て

これで落ち着くかと思えば、転職活動をしていた娘。

 

今の職場は、公的機関なのでやりがいがない。そして組織編成があり不満もたまり。

いえいえ、娘には合わなかった。

 

理由は、緑がない。

経費節減で観葉植物も撤去されたことが引き金だそう。

いえいえ、それ以前にもたくさんたくさん涙を飲んでいました。

 

今の職場は28歳の娘にとって給与も多く、待遇もいい。それを上まわることはない。

ただ、ただ、合わなかっただけ。

 

毎月福利厚生を含めると、かなりのダウン。

 

母が上京した際、我が家でご飯を食べていたとき

急に泣き出した娘。

お母さんからは,お祝いの言葉がない。

後悔するかもしれないよと止めることばかり。

 

と、???

そんなことで泣く?

 

娘なりに不安なのでしょう。

新しい選択は自分が決めたこと。

 

進学も就職もなんとなく合格したところに行っただけ。

常に自分の人生の選択は自分ハンドルを握るんだよ。

お母さんのせいにしたいならしたらいい。

 

泣いたあと、娘は

ずっと立ち上がって、踏ん張り始めた。

泣いて笑って進んむんだよ。

 

必ずあなたの未来は明るいんだから。

それをお母さんは信じるだけ。

あなたの幸せを心から願っている。

 

緑の多いところへ

深呼吸できるところへ

 

明るい世界へ!

激動の1ヶ月

正社員になって1ヶ月

なにがなにか?わからず、失敗して迷惑かけて

謝って。グループ内のおじいちゃまに甘えて、こき使って、謝って、怒っての毎日だった。

全く上長からの丁寧に言葉遣いをって言う話も

どこか置いて

研修中はムキになって怒ってしまって反省した。

 

そして、挙げ句の果てに

部長からは頑張りすぎだと心配されて

このままじゃ倒れるぞと言われて

飲みに連れて行ってもらって

 

この二日、家の片付けをしながらゆっくり昼寝したり片付けしたり

のんびりしてた

 

女は外国へ旅行に行き

息子は同級生に会いに出かけ

 

一人の時間がいっぱいあった

 

寂しいきもちやじぶんの足りないところや

開き直ったところや

できないよと思ったところや

そんなことが山積みで

社会人一年生だもん!って開き直りつつ 世の中に甘えてるなーと感謝して過ごしてきた

 

倒れるぞと言われたらそうかもしれないけれど

あの保育士時代の働き方と比べたら

屁でもなく

ごめんなさいと謝れば済むこともあり

命を預かる仕事とはなんと気苦労が絶えなかったと改めて思う

それ以上に愛をもらえて幸せだったけれど

 

激動の1ヶ月

ご褒美にシミ取りに行った!

まぁ,何で?この時期?と思ったけれど

いま行こうと思った

 

さて、念願の結果はいかに。。

 

しばらくマスク生活

想像以上に苦しい

 

そんなこんなの5月

わたしを認めて 50歳

久しぶりに高校の友だちと会った

 

上京組ほとんど男子

30年以上の腐れ縁ですね

 

その中の男子がぽろっと言ったの

今ほとんど奥さんがご飯を作ってくれない

口を開けば「別れてもいい」と、その場にいたみんなが???どうした??ってなった

 

その夫婦は我が家にも泊まりに来たことがある夫婦での付き合いがある家族。

奥さんの実家のそばに家を建てて、仕事もしつつ子育てをして、今はスポーツクラブのインストラクターをされているという話までは聞いた

本気の登山にハマってるとも

 

彼女の言い分はこうだ

「貴方は,仕事で認められて(かなり年収も役職もいい)いいよね。わたしは子育てで仕事を犠牲にして、何もない。わたしを認めて。仕事がしたかった」と、、、

 

わかるよ。わかる。。わかるーーーー。とうんうんとうなづいた。けれど、周りの人男子は

うーーん。ってなってた。

みな、役職について、タワマンや高級車に乗っている家庭で奥さんはそれぞれ過ごしている

 

男子にはわからんか。。この感覚。

 

けどね奥さん

まだ、子どもたちはそばにいるのよ

大学生だけど、まだ、こどもなの

忘れちゃ行けないの

こどもなの

 

犠牲になったとか聞きたくないのよ子どもは。

 

なんて、少し年上のわたしは呟きたくなった

 

わたしが散々母から言われた言葉だからかもしれない。

3人こどもがいなきゃよかった。

⇨わたしが余分なの?

あなたたちがいたから別れなかった

⇨一人で出ていけばいい

と、母に伝えたことがある

残酷な娘がわたしなの。

 

同じようなことを娘にも言われた

結婚して子どもを産んだんだから

責任もって結婚しててと言われたこともある

 

そんな苦い思い出を思い出した夜

必要以上に酔っ払って早々と帰ってしまった

 

今、わたしは仕事に就いている

やりたい仕事に出会っただけ

 

それだけなの

仕事がしたいわけじゃないの

 

そんなことまた、話せたらいいなーいつか

 

仕事していなくても何もしていなくても

YouTube三昧でも

化粧しなくても

稼がなくても

何とか楽しくできるんだよ

 

何者でもないわたしを1人抱きしめて生きてきた

 

どの女性もぶつかる課題

それぞれの道 祝校長先生

高校の同級生が地元で校長先生になったよと連絡があった

 

二人

一人は、聖子ちゃん

高校2年生だったかな?同じ組だった

バレー部で正義感の強い彼女は、私に強い影響を与えた

わたしはずっと教職を志していた、けど、成績も伸びず勉強より楽しいことが山ほどあって

志してを保てなくなっていた

そんな中、一緒に頑張ろ!そんなんじゃやれんで!目を覚ませ!と

鼓舞してくれていた

生徒会主催の球技大会のバレー部の特訓

文化祭のイベント、毎回毎回大騒ぎしてわたしは賑やかな祭りが好きなので先頭に立って大騒ぎした

聖子ちゃんもついてきてくれた

聖子ちゃんの進学先は、有名国立大学の教育学部、名門である。私たちの時代は第二次ベビーブームのときで大学進学が厳しい時だったけど合格!あっぱれだった!

その後もわたしが子どもを産んで実家に帰った時も小学校に勤めて、パリッとしたかっこいい先生になっていた!

 

そんな聖子ちゃんが

とうとう校長先生

 

未来は明るいよ!!

 

結婚もして家庭もあるが、たぶん色んなジレンマをありつつ、志通り進んだ

 

さわやかだ!

 

それに引き換えなんて

わたしは思う方がおかしいくらい

 

もう、嬉しくて誇らしくて

凛とした気持ちが湧き出てきた

 

おめでとう!聖子ちゃん!

 

昨日はカラオケで高校時代の歌を歌いまくった!!

 

 

花粉症が,発症しない!

今年は花粉症の症状がありません。

何があった???わたしの身体

 

昨年と違ったことは、ベッドを変えたことのみ。

あとは、仕事上の立場が変わること。

緊張の連続。それで、わたしの毎日は手一杯。

 

職場の隣の方にスーと吸い込む薬をもらったのみ??

 

身体は免疫アップしたんだろうなー。

 

もうすぐ桜が咲くよ!

 

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幸せという温かい想い

ことしは花粉症がひどくならなかった!

これはなぜ?

免疫のおかげ?

 

幸せって

わたしの中のハードルはかなり低いのですが

この度温かい想いに浸れる幸せを知ることができました。

53歳まで生きてきて知らなかった幸せ。

 

長く生きているとあるんだなぁ

こんな形の幸せが。