心地よい暮らしを ラフでいこう!笑っていこう!

ヨガ教師、こどもの命を守る仕事に従事しています。日々のこと。感じたこと。

コロナで死にたくないという義母

人の死生観というのは、さまざまです。

 

義母は、とにかくコロナで死にたくないとお盆に夫が電話して聞いたそう。

 

最期に子どもたちに囲まれて死にたいと。

 

なるほど、死に方の模範的。

 

それもありなん。

 

死生観ってほんとにそれぞれですね。

東京に住んでいる夫とは、会えないと。

 

 

どんな人も生きていていい

小さい頃大人に言われて育った言葉の一つに

「人の役に立つ人になりなさい」というセリフ。

 

頑張っているからとか、稼いでいるからとか、頭がいいからとか役に立っているからとか

何かやっていないと生きている意味はないという洗脳が心の中にある頃、

わたしはとても生きづらかったです。

 

実際転勤族の専業主婦。家庭で家事や育児をして過ごしていましたが社会貢献などせず、ちんたら遊んでいる状態。

夫は、むしろ養っていることが男の美学という考えでしたので、モロに攻撃はしてこなかったですが、自分で自分を責めた時期もありました。

 

しかし、子育てをしていく中やヨガに出会い、何もしていない自分でもいいんだという考えが自分の中で生まれました。

だって、子どもが親のために生まれてきたわけでもないし、何か返してもらおうなんて思わないんですもの。

こどもという存在は、今ここに生きていてくれて、存在してくれるだけで私は、幸せなのです。

それは、きっと私の母もわたしに対してそう思ってた時期もあるだろうし

大きな括りで言えば、しょうがいしゃや生活保護受給者やホームレスの方にも値することです。

 

このどんな人も生きていていい

という感覚は、湧き出るもので、与えられたり勉強したから出るものでもないでしょう。

 

実際、わたしも心の底からそう思えたのは、息子を産んでからですもの。

 

それは、経済的に余裕があるかそう言えると言われればそうかもしれないですが

何かであることがまず先の思考のときは、生まれない。

 

ぜーんぶの自分を受け入れて、許して満たしていけばいい。

 

多分ね、頑張りすぎたんだと思います。

許せないんでしょう。

 

けど、一人食べていくくらい、食費月で言えば二万も有れば足ります。

沢山の人を幸せにするために生まれてきたんだからね。私たちは、、

役に立たなくても、わたしがいるだけでこの世の中は幸せなんですよ。

 

幸せに思っている人が一人増えたら、その周りも幸せが伝染する。

 

単にそれだけの話。

 

幸せをありがとう。

 

面白くない姉との会話

今日は、とっても苦手な姉の話です。家族は、美と考えている方は読み進めたらムカムカすると思うので、ご遠慮ください。

 

姉は、50代管理職。地方在住。毎回話が同じです。何度も定期的に電話がかかってきます。

昨日は3度も着信があったので、流石に掛け直すと、冷えてお腹が痛くて横になっているとのこと。

はぁ。。。また、体調不良の人話。わたしはカウンセリングではありません。が。(笑)

 

足が浮腫んで足の甲まで腫れ上がったとか、仕事の五か年計画があるけど、それにわたしは参加しない。それは、仕事を辞めるから。とか

 

もう、同じ話。かれこれ10年。

病院の先生からは、血液の状態が悪いので運動しないようにとか言われてるらしく、

運動もしない。

運動=歩くと考えているらしく、動かないに脳内変換されている模様。

 

姉は昔から体調不良で、いつもしんどいが口癖とにかく動かない。

もちろん体型は、おおきい。

 

病気を理由にヒロインを演じている演技を生まれてからずっとしている。

 

病は気から。気というのは思考から。

足が浮腫むなら、対処予防すればいいし

太るなら、食べ物を考えたらいいし

対処があるはず。

夢見る夢子さんの話を聞いているのも疲れる。

 

かかりつけの病院もハチミツ推しで毎回五万円くらい使うらしい。洗脳状態。

 

占いにお金を払うし、だれが?やるんだ、的な電話相談。前世占い。

 

もう、訳わかんない。けど電話はかかって来る。

 

はぁ。。

 

楽しくないねん。

話してても、一日1%の改善を目標に過ごしているわたしには、理解できない

自分の身体を痛めてそれを隠れ蓑にして生きているのが!もったいないじゃないか?

 

50代すぎての人に話すことはない。

変わるのは自分だし、変わらなくてもそれで過ごせるんだから。

 

親が全面的に助けてきて、今がある。

助けてもらいたくても遠方で助けてもらえなかったわたしからは、え?という反応しかない

 

全ては会社のせいだそう。

誰かのせいにするのも、一時は回避できるからはいいけど

 

もう、10年経つよ。

歳を重ねると、うざくなる。

 

人の振り見て我が振り直せ!!

 

 

 

生活保護やホームレスの方の命って。。あちゃーな話

今巷で騒がれている優勢思考のはなし。

 

わたし自身の考えをぽつりと呟きます。

 

生活保護やホームレスの方を見たのは、大阪で仕事を始めてからです。

時代は1990年代。大阪ではホームレス全盛期。

とても衝撃的でした。なんか、見たらあかんものみたいな感じ。

生まれは四国の片田舎。多分生活保護家庭もいたんだと思うけど、子どもながらあまり気にせず過ごしてきました。

 

しかし、就職した先は大阪市。よって生活保護世帯は対応する人としてスタンダードになりました。約8割が生活保護世帯の方との対応です。

一番ひどいのは生活保護までいけない人たちこぼれ落ちている人。目も当てられないくらいひどい生活です。

なので、生活保護受給をすすめることも多かったです。

その姿を見ていているので、生活保護に抵抗はありません。苦しい生活がどんなものか?知っているから、、、

生活保護を考える前に、その直前のことを想像して欲しい。

大阪なのに、文化住宅という長屋的なところで家賃は2万。収入やお金の使い方まで踏み込んで聞けるところと聞かないところがあったけど、生きていくだけで精一杯。

 

ホームレスは、もっと残酷で、けど大阪のホームレスのおっちゃんたちは、天王寺動物園前の人たちは陽気でありました。オベベを着て、(着物)です。カラオケを鳴らし、カップ酒を飲み、踊り笑い暮らしていました。

 

そこを通る行事があり、下見に行けと上司に言われ言ってみるとこのありさま。

とにかく、危害が加わらないようにホームレスの方に声をかけながら、「今日はいい天気ですなーこのオベベ綺麗やなぁ」と、敵意を見せず通ることが先決。

子どもを連れているので触らへんように気を使いながら、顔は笑いながら心は手綱を締める。

 

ホームレスの方は公園で洗濯ものも干すので利用するときは、「おっちゃんごめんやけど1時間くらい子どもたちにここ、使わせてくれへん?」と交渉します。

 

若いのに22歳くらいのねーちゃんが頼んだらだいたいは、オッケーやでと聞いてくれました。

 

生活保護者やホームレスの方と話のが日常だった日々。多分偏見という色眼鏡で見ることもなかった若い日だったからかもしれません。

 

声高に生活保護者保護など、言うこともありませんが、人生困ったら西成に行けばなんとかなる。それを知ってから人生が怖く無くなりました。

 

最後の砦。死ぬことは簡単かもしれないけど、どうにかなる社会って安心だなぁと思います。

 

目線を変えれば、また、見えてくることも変わるもので、人の命とかそんなステージの話でもなく、当然みんな生きていいのです。

 

自分が優勢だと思った時点で、あちゃーーとなります。

わたしは、ラッキーだった。不幸もあったけど生きてたらまた、笑えることもあるし!笑いたい。

 

自分が素晴らしい人間とか言う時点で、あちゃーーーーーー。

その言葉にならない文字で以上終わりです。

 

 

右手親指の付け根が痛い 緩和策

親指の付け根が痛くなって今緩和しましたと言う話です。最終手段は手術だと思いますがそれ以前に少しでも緩和すればと思って記します。

なぜ?緩和という言葉を選ぶとかというと完治はないからです。

完治はないと聞くと、あらがう方もおられると思いますが、身体を時を重ねると痛んでくるものです。もうすぐ50歳。共存しつつ身体と付き合っていこうというのが目的です。完治を目指す方は、整形外科で手術をお勧めします!

 

では、ことの発端は、、今は8月さかのぼって

1月お正月明け、右の親指の付け根が痛い。違和感から強烈な痛みに変化。

 

原因は、娘息子が帰省してて料理三昧だったこと?スマホの操作を親指を使うから?

 

まず、原因より治療と思い検索

今の状態は、

どうやら、母子s字型関節症かしら?と、、、

https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_683.html

 

とにかく、テーピングを巻いて養生の日々、

2週間は、使わないように洗い物も夫にお願いをしてやってもらいました。

この時ほど、ホットクックと夫がいてよかったと思った日はありません。

しかしながら仕事。鉛筆が握れない。。痛い。

これも幸いにして、同行の方がフォローしてくださって書き物の補助をしてくれました。

毎日白いテーピング巻いて痛がっていたら気の毒に思ったのでしょう。みーさんありがとうございます。

 

口だけは、私が担当(笑)

 

そして、普通なら整形外科に行くところだと思いますが若き日に24歳の頃ヘルニアになって何にも役に立たなかった整形外科さんは、今回はご遠慮しました。

危うく手術させらる直前に父が有名な整体の先生を見つけてきて、ミラクルのように改善した過去があります。

この時のヘルニアの原因は、結婚して仕事を辞めて筋力低下が問題だったのでは?と自分で思っています。それ以来、腹筋背筋は気にしています。

 

その後、この指の痛み緩和に向けて治療方針を自分で立てました。

まず、使わないこと。

これも偶然ですがたまたまヨガの先生そして、産婦人科医でもある高尾先生の話を伺っていると、どうやら女性ホルモンが関係しているのでは?参考までに、YouTubeを。。

https://youtu.be/m1eKLFTavKE

まぁ更年期にかかる年なので。。粘膜がカサついてくるのも実感していることもあり、これも腑に落ちる。

 

そこで、大豆を多く食べる食事+エクオールを飲み始めました。サプリは基本的に苦手なわたしは半信半疑。しかし、ひとまず1ヶ月。

とにかく目的は、痛みの緩和を願って。。

 

そこから1ヶ月。不快さと共に過ごしつつ、痛かったり緩んだりの日々。

 

そして、じわじわ痛みも気にならなくなる。それが3月ごろ。

サプリも飲んだり飲まなかったりの日々に移行。

 

人は痛みがなくなることに、傲慢になります。

今8月現在。あった痛みは、ケロッとなくなりました。しかし、時々、思い出したかのように痛みが出る時もあります。

そして、サプリもほとんど取らなくなりました。基本薬は嫌いなんです。

 

その痛みを緩和するもう一つの仮説としては、身体の使い方が偏っていることにより、そこに負荷がかかって痛みが発生もしくは、使えなくなる。

 

膝の痛みも同様。

足先とチグハグな向きで日常使っていたり、体重が重くなったり、太ももの筋肉が弱って支えきれず膝に負担がかかるパターンが多い。

 

やることは一つではなく、いろんなところからアプローチです。

指の使い方の検索をしていくと解剖学を学んでいた方のYouTubeを発見して、理論が腑に落ちやってみると一度で改善しました。これは、続けています。

https://youtu.be/9ZoG8P2pI8I

 

この方の足首の使い方など、わたしの足指の癖反り返ることにより足首が正しく使われてなかったことを知り、足首もシュッとしてきてこれも改善してきました。

 

右手の親指の付け根が痛いというのは、義理の母、姑も同じ歳の頃言っていました。

その時、このことを知っていれば、お母さんも痛さから解放されていたのになぁと反省しています。

指先を使う仕事をしていたので特に使いすぎですよね。

 

結果義理の母は、痛くて痛くて痛くて、最後手術をされていました。

思えば誰も家事を手伝ってあげてなかったなぁ。お姉さんも弟も。。

この痛みは、日常の使わないことが重症化になることを回避できると思います。

身体に炎症がある時間は短く。

 

それができないとおっしゃる方もおられると思いますが、長い目で見て炎症の期間は短い方がいいに決まっているのです。

 

そうすれば1ヶ月単位ですが、改善されます。

 

そして、合わせて身体の使い方を改善していかなくては、永遠に良くはなりません。

根治治療です。根本的な改善。

 

50年この指を使って生きてきました。

体を労わって、伸ばし伸ばし長く快適に使えるようにしていきましょう!!

 

こんな緩和治療の方法もあるだよ。というきじでした。